今回は、視点の違うアート関連本を3冊ご紹介しよう。
①世界の素描1000の偉業
ヴィクトリア・チャールズ他 著/二玄社
中世の写本から20世紀の現代絵画まで、1000点の素描をカラー収録した本書。
レオナルド・ダ・ヴィンチ、モネ、ピカソ、マグリットなど、世界の美術館に秘蔵されている素描のみを、これほどまでの規模で収録した書籍は類を見ない。
本書初公開も含む習作の数々は、通常の油彩や水彩を鑑賞するのとは違う質感に満ちている。画家が何度か逡巡して描いたのだろう、いくつもの鉛筆の線によって形作られた素描は、その時の感情を一瞬で写し取ったかのような躍動感に溢れている。
素描は単なる習作、デッサン、下書き、といった立ち位置に置かれがちだが、例えば20世紀初頭エコール・ド・パリの巨匠藤田嗣治は、素描の重要性を次のように記している。
素描とは一言にして言い替えれば線で描く事であって、これぞ我等日本人の最も得意とすべきものであって、私自身でさえ素描で向ったならば必ずや欧米の人に勝ち得るだろうという確信を以て、デッサンを研磨したのであった。
藤田嗣治「腕一本」より
素描を知ることで画家の本質までもが垣間見えてくるかもしれない。
②「値段」で読み解く魅惑のフランス近代絵画
髙橋芳郎/幻冬舎
本書は、以前もアートリムで紹介しているが、「値段で読み解く」という斬新な切り口でまとめられており、アートマーケットについて知りたい方には、今一度オススメしておきたい。
絵画の解説をしているだけのよくある美術書とは違い、海外オークションの値段(落札価格)から近代の有名な絵画や、その画家たちの関係性が浮かび上がってくる面白さがある。
「絵画の値段はどうやって決まるのか?」「絵画を買うのはどんな人たちなのか?」といった素朴な疑問を持つ人へ、絵画に対する新しい視野を広げてくれる一冊だ。
特に画家たちが「職人」から「芸術家」へと変容していく時代の流れを知ることは、専門書よりも良質な視点で、教養を深めることができる。一般的な美術書との違いがあるのは、美術史家ではなく、現役の画商が生きた言葉で執筆しているからだろう。凝り固まった知識に、新たな世界の目を開かせてくれる。
図版も豊富に用いられており、普段見ることのできない貴重な資料としても永久保存したい。
③「失われた名画」の展覧会
池上英洋/大和書房
世界には、盗難や天災、戦争など、あらゆる出来事によって失われてしまった絵画が数多く存在する。本書は、そのように「失われた名画」171点を集め、フルカラーで掲載、解説したものだ。
なかにはフェルメールやモネ、ゴッホ、ピカソなど、名だたる有名作家の作品が並ぶ。作品そのものの解説はもちろん、それぞれがどのような経緯で失われたのかも紹介され、絵画の悲劇的な運命を辿るとともに、時代背景も垣間見える内容となっている。
そのため、本書によって集められた作品を現実で見ることは叶わないが、それだけに、この機会に鑑賞し、知ることができることを喜びたい。
美術品は人類のかけがえのない遺産であり、歴史そのものだ。美術品を所有することは、その壮大な歴史のなかで、ほんの一瞬、拝借するだけのことといっても過言ではない。それほどの価値を守り、次の世代へと繋いでいくことが、私たち人類にとっての使命といえるかもしれない。