髙橋芳郎氏(翠波画廊オーナー)インタビュー第1回 コロナ禍のアートマーケットの今と未来

  1. インタビュー

銀座・京橋エリアで約30年、画廊オーナーを務めている髙橋芳郎氏(翠波画廊オーナー)にインタビューを行った。第1回は、2020年、世界を混乱に陥れた新型コロナウイルスの感染拡大は、アートの世界にどう影響を与えているのか、どのジャンルが人気なのかをテーマに語っていただいた。


アートリム(以下、AL):

新型コロナはアート界にどのような影響を与えているでしょうか。

髙橋芳郎氏(以下、髙橋):

2008年のリーマン・ショックの後は、アート作品の価格相場が大きく下がりました。また、その後1年程は絵の販売不振に苦しめられました。その経験がありますので仕入れを控え、冬支度をするように警戒態勢を取らねばと準備をしていました。

ところが、まったく相場が下がることはなく、むしろ一部の現代作家の作品、例えばバンクシーの作品などの価格は、コロナ前に比べて1.5〜3倍程に高騰しました。バンクシーほどではありませんが、同じグラフィティのカテゴリーで語られるカウズ、スティック、キース・ヘリング、バスキアなどの作品も価格は上がっています。

当社が得意とするエコール・ド・パリの作家たちの作品はどうかというと、それほど値下がりしていません。むしろ藤田嗣治の作品などは香港のオークションで、少女二人を描いた油彩の8号の作品が、予想落札価格の倍の1億円を超える値段で落札されるなど、今のところ(2020年9月時点)は、大きな影響を受けている実感はありません。

聞くところによれば、世界中の国々がコロナ対策のために市場に供給したお金を足し合わせると13兆ドル(約1370兆円)だということです。そのため過剰通貨供給(マネーサプライ)が資産バブルを起こす原因となっていて、その中で一部の美術品の価格も高騰しているのだろうと考えています。

AL:

この状況下で資産として美術作品を買っておこう、というマインドも働いているのかもしれませんね。

髙橋:

そういうお考えの方もいらっしゃるでしょう。実際、一部の富裕層の方は高額商品を買い求めています。それはコロナ以前より強まっていると感じます。

例えば、私の画廊で扱っているバンクシーの版画作品が、当社が取引のある全国に店舗を持つ某百貨店の外商のお客様と年間お買い上げ高の多いゴールドカードを持たれているお客様へのメールマガジンに掲載され、1100万円(税込)で抽選販売されたところ、3日間の応募期間中に107名の応募があったとのこと。百貨店の方で厳正な抽選を行い、1名の方が当選し購入されたようです。100万円単位ならわかりますが、これには正直、驚きました。

5月中旬に、月内で自粛が終了しそうだというニュースが流れると、それまで静かだった私の画廊にも堰を切ったように多くのお客様がいらっしゃり、ご購入されました。やはりご自宅で過ごす時間が増えたこともあり、住空間を充実させたい、そのために絵画を買いたい、そういう目的の方もいらっしゃいました。

AL:

確かに家にいる時間が長くなると、急にインテリアなどが気になるものです。この傾向は日本だけのことなのでしょうか。

髙橋:

いいえ、世界的のようです。かつてユングが一つの出来事が起こると、まったく別の場所でも同じ行動をする人が現れ、人の行動が連鎖することを「集合的無意識」が引き起こす現象だと説きました。皆が同じような行動を取り始めたのかとも思いましたが、コロナで行動が制限され、ストレスを感じた人々がアートに癒しを求めているのでしょう。

AL:

バンクシーといえば、共同保有(※あるバンクシーの《Jack and Jill》という作品を共同保有できるというもの。1万円〜(670口)で売り出したところ、7分で完売)が話題になりました。

髙橋:

将来、バンクシーが値上がりするのではないか、という期待感の表れなのかもしれないですね。ただ、絵画の売り買いをする際には、手数料がかかることを考慮しておかなければいけません。

オークションで買うときには会社によって異なりますが、15~30%の手数料が必要です。1000万円で絵を落札すると、手数料が加算されて1150~1300万円の購入金額になります。

それが海外のオークションであれば、落札後に日本までの運搬費、保険、さらに日本に入るときに税関で10%の消費税が取られます。

反対に絵を売る場合は、1000万円で売れたとしても10%の手数料と諸々の経費を売り手が負担しなければいけません。ですから、手元に残るのは900万円弱ということになります。往復にかかる手数料のことを考慮すると、余程値上がりしないと元は取れないはずです。

いずれにしても、リーマン・ショック時とは違い、現在、アートマーケットは懸念するほど悲観的な状況ではないといえます。

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ArtLimb編集部の編集部員が自ら足を運んで、いろいろなアート情報を紹介しています。

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