■ハマスホイとデンマーク絵画
東京都美術館(1月21日~3月26日※~2月28日で閉幕)
山口県立美術館(4月7日~6月7日※開催延期により5月26日~6月7日)
今年に入ってからの美術展は、その多くがコロナウイルスの影響を受けてしまいました。開催延期や開催中止、会期途中での閉幕など、時期によって様々な対応を迫られたのです。
今回ご紹介する「ハマスホイとデンマーク絵画」展もそのひとつ。美術雑誌等で大きな期待が寄せられていましたが、東京都美術館と山口県立美術館での開催は、どちらも会期の変更を余儀なくされました。足を運べなかった方に少しでも雰囲気を味わってもらえましたら幸いです。
ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864~1916)は、19世紀末のデンマークを代表する画家で、静謐な室内画を中心に描き「北欧のフェルメール」とも呼ばれています。
描かれる部屋への想い
初期の人物画を除けば、作品のモチーフは主に、生涯住み続けたコペンハーゲン。その多くが室内画です。灰色を基調とした空間には、誰もいないことがほとんどで、妻イーダをモデルとした人物が描かれていることもありますが、後ろ姿のみ。描きたいのは人物ではなく、人物はあくまでも部屋の家具などと同じ存在に過ぎないように感じられます。
ハマスホイが描いているのは、部屋そのもの。そこには時が止まったかのような静けさがあるのみです。質素な家具と簡潔な暮らし、窓から入る日の光、床板に落ちる影。そこにあるのは平穏な日常の美に思えます。
私はかねてより、古い部屋には、たとえそこに誰もいなかったとしても、独特の美しさがあると思っています。あるいは、まさに誰もいないときこそ、それは美しいのかもしれません。(ヴィルヘルム・ハマスホイ)
ただ、よく見てみてください。ハマスホイの描く部屋は、ただの部屋ではありません。壁につけるように置かれたオルガンの脚の数が足りなかったり、開いた扉のドアノブがなかったりと、ほんの少し現実から離れ、ハマスホイ独自の世界が広がっていることに気づくでしょう。
描いているのは現実そのものではなく、物事の本質なのかもしれません。古いようでいて新しい、静謐な詩情は、今、世界中で注目を集めています。
ハマスホイの活躍
コペンハーゲンで王立アカデミーに学んだハマスホイは、数々の国際的な活躍を見せます。パリ万国博覧会と大ベルリン美術展に参加することがドイツでの成功につながり、ロンドンで開催された19世紀デンマーク美術展において、一部の新聞で「新たな巨匠」という見出しが載ったことがありました。
ローマの国際美術展ではクリムトと共に1等を受賞。フィレンツェのウフィツィ美術館から作品制作の依頼を受けるなど、デンマークを代表する現役の画家として知られ、評価されるようになりました。
40歳代後半で成功の絶頂期を迎えましたが、徐々に体調の悪化によって活動は低下し、51歳の若さで逝去。その後、独特の静かな作風が時代錯誤と認識されたこともあり、死後2、30年で急速に忘れ去られてしまいます。
しかし、1981年に開催されたコペンハーゲンでの回顧展がきっかけに再評価され、ヨーロッパやニューヨーク等を循環した回顧展で大きな注目を集めることになりました。
日本では、2008年に国立西洋美術館で初めて展覧会が開催され、その静かな絵画は多くの人の心を捉えました。それから10年あまり、日本で初めての本格的な絵画展となったのです。
日本初公開も含めた大規模展覧会
本展では、日本初公開作品も含めた約40点のハマスホイ作品のほか、同時代のデンマーク絵画も紹介されました。
日本であまり紹介されることのないハマスホイ以外の画家たちの作品は、当時のデンマーク絵画らしい明るく幸福感に満ちた室内画や風景画です。人物にも表情があり、このような画家たちの作品を同時に鑑賞することで、ハマスホイの独自性が際立って感じられました。
10年前には展覧会図録しかありませんでしたが、展覧会に合わせていくつか関連書籍も刊行されました。書店、ネットショップなどで、ぜひお手に取ってみてください。
初めての大規模展覧会ということもあり、グッズの数々にも力が入っていました。例えばポストカードは、環境に配慮して個別のビニール袋を排除し、代わりにそれぞれ異なる組み合わせのグレーの配色を、宛名面に置くという工夫がされていました。
突然の途中閉幕後、TwitterなどSNS上では、会場に行けなかった多くの人から、グッズの通信販売を求める声が挙がりました。
それを受けて、後日、期間限定のオンラインショップが開設され(6月30日で閉鎖)、たくさんのファンから喜びのコメントが飛び交いました。
現在は世界的に未曾有の状況下にありますが、美術館も足を運べない人のために、こうした様々な工夫を凝らして、新しい生活様式に順応していくのでしょう。
他の美術館でも、最近少しずつ事前予約制での入場規制をしながら美術展を開催するなど、日々変化が見られています。これからも新しいアートの形が生まれていくようです。
今後も美術展情報を掲載していきます。どうぞお楽しみに。